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2025-03-16 18:19:00

供養物!

春分秋分を真ん中に挟んだ一週間は、お彼岸。「昼夜の長さが等しくなる」のと、仏教の「中道」を重ねて、仏道修行に適ったシーズン、という訳です。

 

と言いましても今や、在家の人には仏道行といっても何のことやら、でしょう。挙句に「心があればそれで充分!」なんて杜撰が罷り通っているのが昨今のよう。

 

いや、ちょっと待て、と言いたい。逆に問う、気持ちだけあれば、アンタは飯を食わずとも学ばずとも稼がなくても不足なく満たされるのか?と。 kodomosyokudou_hungry_boy.png

自身に引き寄せたらすぐ分かるはずの「形を欠くことが如何に至らぬものであるか」・・しかし先祖には平気で「心で十分だろ、合掌してんだから沢山」と扱う・・仏事に関してはこの杜撰ぶりは加速する現状;

 

そこで彼岸という時期でもありますので、その【供物】に見い出され込められている意義を、簡単にご紹介します。これを知って意識するなら同じお供えでも、先祖ご自身ともに頂く功徳は違ってくると思いますよ。

 

※以下の記事は、副住職の個人ブログ(5年ほど前の記事)からの転載です。6回分を3回に分けて記します。

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欠くべからず!(連続1回目)

「貧しい人でも欠くことなかれ」と弘法大師が説かれた、仏を供養するのに必須な6種の供物があります。

 

これは儀軌にも書かれているので大師の創作ではなく、通仏教の常識。これを欠いては功徳を得ず、とまで言う。

 

しかし、合掌だの気持ちだのと、お金はおろか手間すらかけずに「供養」と言ってのける、愚の骨頂が罷り通っている現在。

 

そこで、彼岸でもありますので、その供養に欠いてはならぬモノが何かを6回に分けてご紹介。そしてそれらは「供養する」に留まらぬ行力にもなるもの。この件は最後にでも。

 

☆【閼伽】 ※あか、と読みます

要するに「水」。水は天地に循環して行き渡らない所無く、あらゆるものを濯ぎ、潤し、命を養う源です。渇きを潤して安らぎを与える働きは水の功徳。ですから、供養物として「水」は欠かしてはならないもの。

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仏前に「お茶をあげてます」という人もおりますし、勤行式によっては「水あるいは茶湯」としているものもあります。ですが茶では厳密には違う。何故か。

 

そう、水には「濯ぐ」という重要な意味もありますから。お墓に行って先ず水をかけるのはこの意。濯いで次いで潤す。仏壇では水をかけることはしませんが(^^; その両義をもって供える、とお考えされたら良いでしょう。

 

ついでに、同じ水分でも墓に酒をかけるのは論外デス。

 

仏の供養に必須な第一は「水」。たまには、お金をかけてミネラルウオーターをお供えされてもイイんじゃない?

 

※もっと深い意もありますが表立ってはこの程度でとどめておきます、残り5物も同じ。

 

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スッキリ~♪(連続2回目)

 

必須な供物2つ目は

☆「塗香」 

 

ウチでは位牌造立や仏壇開眼には施主様にさし上げていますし、お参りの信徒さんにはおなじみですが、そうでない方には珍しいかも。聞いたことないかも知れませんね。「ずこう」と読みます。

 

読んで字の如く「体に塗る御香」です。

(今はどうなのか分かりませんが) 古代のインド地域では、種々の香薬を擦り練り合わせたものを体に塗る習慣があったそうです。日本人には解り難いですが・・想像してみれば灼熱と雨の地域ですから、身体の防御かな?とは窺えますね。

 

そう、体に香薬を塗るとは、①解熱 ②防臭 ③防虫 ④殺菌などの効果があるようです。つまり、心身の清涼を得るのが塗香の効用。

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チョットした異臭でも気になりますし、虫刺され一つでも「かゆいカユイ」となりますでしょう?座しっぱなしで瞑想に集中する行者にとっては、熱も臭いも虫刺されも大敵。しかも希少な香木類が原料なので高価;

 

だからこそ、心身清涼を要とされる仏に修行者に供えるべき、功徳になる供物、であります。ま、現在は「熱冷まし虫よけ」の実効ではなく、その清浄力を大切にするわけですが。

 

常には「自身の手」に塗って用いるのが普通です。それじゃあ供えたことにならぬ、と思われるでしょうか?祈りの場では私達の祈りが【供え物】でもありますから、祈る者が用いることでも充分です。我が身を浄めることも供物の一部ということ。

 

必須と言うのに大方用いられていない供物。仏具店あるいはネットでも手に入ります。最低ランクのモノは避けて、上質のものをお求めされて、ぜひ仏前にはお使いください。祈りが変わるはずです。