寺ブログ by副住職
即事而真
護摩壇に安置している五宝包。
皆様には知るも見ることもないものですが、中身を新調する機会ですのでお見せしようかと。
五宝とは読んで字の如く、貴石の類。金/銀/瑠璃(ラピスラズリ)/真珠/水晶、を包みます。※中身は変わる場合あり
その他に、漢方薬の類や香木なども。
それを中瓶に結び付けます。
中身は封じてしまいますので、皆さんに見せる用のモノではありません。が、その質は細かく規定されています。
なぜか?
それらの物に秘められている「力」や「働き」が、護摩の修法には必要である、からです。それら事物に潜んでいる力は、修法に力を加えるものでありますゆえ。
真言の肝となる教えの一つに「即事而真」という言葉があります。
事に即して真である、と。
存在している事物の中にこそ、真実は潜んでいる。事物の中には、窺い知れない力も秘められている。
体裁以外は「気持ちの問題」などと片付けては、得られたはずの力もモノも手に入らないでしまう。
見かけじゃない、その物が持せる力を引き出せたなら、我らが得る所は甚だ大いとなる、のです。
祈りは「気持ちの問題」じゃない。用いる事物の「真」も通して、功徳も利益も発揮されるのであります。
弘法大師曰く「医王の目には道に触れて皆薬なり、解宝の人は礦石を宝と見る、知ると知らざると誰が罪過ぞ」
/医術の心得がある人には、道端の雑草は薬となるだろうし、見る眼のある人ならは道端の石ころにも宝石を見出すだろう、然るにそれは本人の見る眼の問題である・・
物事、何もない所から生み出すのではありません。存在している物から価値や力を「引き出す」のです。それこそが全て。
その物の真を見出して引き出せる、容易ではない修練の賜物でしょうけれども、そんな慧眼を磨きたいものです。
↑薬包に畳んで完成



