寺ブログ by副住職
地蔵力!
当山盆供に本尊となるお地蔵さんは生命の輪廻する6つの境地すなわち、地獄(まあ、読んでそのまま)、餓鬼(飢え苦しみ彷徨う世界)、畜生(動物の境涯)、修羅(争いやまぬ境地)、人間界、天(いわゆる神様の世界)を廻って救済を施す仏さま。その役割を一々にわけて作ると、六地蔵。※1
これ↓は盆供法要に用いる大塔婆の一部、六道塔婆。 お地蔵さんが六道を廻ってどう救われるのかがこの偈文でしょう。
ですが、ご覧いただくと【アレ?】と思われるのでは。コレって人の世の苦しみと、それへの救済じゃない?
どうして?・・先に述べた「六道」とは、それぞれが分離した世界じゃないんです。【互具】という言い方をしますが、その「世界」の中には、実は他の六道が含まれている。つまり、【地獄道】の中には【地獄の中の地獄や人道や天道】などが存在する。天界の中にも【地獄や餓鬼道】が存在する。すなわち六道の中には、上述の苦しみ全てが存在する。※2
そしてこれらは「人の苦しみ」に見えますが、考えてみると「生命あるもの」の苦しみなんですね。水を欲し、所有を願い、衣類を望み、飢えに悶え、病に苦悩する。もちろん、これらに【煩悩苦】が当てはめられているのは言うまでもないですけれど。※3
そういう苦悩を抱えるあらゆる生命の境涯に、そういう煩悩苦と物理的苦悩を除かしめ給え・・それがお地蔵さんを供養し祈ること。右手に六道の酷睡を覚ます錫杖を持ち、左手に万宝出生の如意珠(ブログ初回参照)を持されるのは、そういうこと。かさこ地蔵の話も、ゆえ無きではない。
そして冥魂に救いを回向する功徳は、自身にも巡らされる。他ならぬ「地蔵経」にそう書いてありますから。
このような「地蔵の功徳」を知る寺で地蔵の法を持って供養されるところの功徳は、回向される死者のみならず、施主にもかくの如くの利益で巡らされるでしょう。己ばかり欲しがりて供養を蔑ろにする者には知りえぬ利益と救いです。冥魂増進仏果だけでなく、当山盆供施主には大功徳と利益もお祈りします。
おまけに、地蔵の真言【カカカ】は笑い声だともいう。修法してみると「アッハッハッ」とは違う、腹の底からの笑いというか、塞がりをぶっ飛ばすような、一寸怖さすらあるような笑い、の気がする(勝手な私見)。笑いは免疫力を高めるともいいますが、悪趣の時こそ笑え!というのも地蔵さんの教えかも、ですね。
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※1 ちなみに、仏界(声聞以上)とは六道から脱した世界のこと。だから成仏を解脱という。幽霊ってのは経記述などから餓鬼道っぽい。神力あって悪魔にも神仏にも成れぬ天狗的な存在は、六道と仏界の狭間の境涯、と見る。(なので所謂天狗道は輪廻できずに永遠にそのまま(((;゚Д゚))
※2 ついでにお不動さんは、修験では十界互具といってそのお姿に「地獄から仏界までを含む」と見る。密教で葬式本尊とするのはこういう所もあるかも。
※3 熱悩者の為に清涼水を、は「乾き苦しむ者に水を」だけでなく、「煩悩熱に苛まれる生命に、その熱を冷ます清らかな教水を」の意味もある。他も同様。お墓に水をかけるのには、こういう意味もある。