寺ブログ by副住職
タイト遍路!
善通寺法会でしたが、香川県なんてめったに来る機会がないので、車借りて88ヶ所可能な限り回るか!と翌日。
四国八十八ケ所は・・20年ほど前に高知と愛媛を100kmほど歩いたのと、その後何度か愛媛県内の何ケ寺か回った位ですから・・
レンタカーに乗ってさてどこから・・ちょっと待て、満濃池って香川だよな?と思い立ってナビ検索すると20~30分目安。雨予報だし88ヶ所じゃないけど、お大師さん語るにココは外せない~とGO。
善通寺市の南、満濃池。お大師さんが築いた、日本で初めてのアーチ型ダム。
何度工事をやってもダメで匙をなげた役所がお大師さんに委託した所、瞬く間に大勢の人が集まり、大師が持ち込んだアーチ技術でもって完成、1200年も讃岐の地を潤している。
大師は工事中、指揮をとりながらずっと池のほとりで護摩を焚き続けたという。八大竜王社の下には近年の吐水口工事で水没したが、平らに削られた巨大岩盤の吐水口があるそうで、そこも大師の霊石と呼ばれていたそうだ。
今も水不足は常態であるらしい讃岐の地。どれほどの人々の生きる糧の湖となって来たのだろうと、いにしえの景色を感じさせる風に想いを巡らして。
ほとりには神野寺、満濃池大師。88ヶ所ではないが、大師の真蹟として信仰されているらしい。丘の上には満濃池を見守る大師像。誰だか皇族(失念;)が訪れた旨が刻まれていた。
ナビを見ると、金刀比羅宮近いじゃん!ここまで来たら行っとかな!も、近づくにつれ渋滞;GWだもんな・・が、運よく門前の駐車場1台空き!
お店の人から「石段、想像の上いくから、杖借りてったほうがいいよ」と言われ100円レンタル・・凄いとは聞いていたけど何段だっけ、と検索すると785段!
が、ここまで来たら登るしかない!と腹を括り・・頂上本殿到着。それにしても歩いて登るしかない山の上なのに人多すぎw
ところで、金毘羅宮は全国の金毘羅さんの総本宮ですが(花巻の吹張にもありますね)、何の神様だか知ってます?
・・ワニの神様、なんです。インド由来の仏教守護の神。祭神「大物主神」ってのは明治のコジツケ。そう、ここも明治の神仏分離、廃仏毀釈の犠牲になったトコ。もとは真言宗のお寺で、金毘羅さんはその鎮守でした・・この程度は知っていましたが、戻ってから検索すると酷すぎる随分な事情があったよう;
お詣りしてるとパラパラと雨、雨予報がここまで持ち堪えたのも有難いが、一種の水神にお参りしてパラッと雨にあたるも、また有り難や。でも下り石段濡れたらヤバいと急ぎ、幸いにパラパラのまま下山。
次いで73番、出釈迦寺。善通寺の裏山を隔てたちょうど反対側にある。ここは、幼き日の大師/真魚クンが飛び降りたという、有名な山。
下画像のやじるしの建物がこの寺の奥の院、その更に奥に真魚クン(大師)が飛び降りた崖があるそうで。
この寺自体がもともと奥の院の地にあり、遍路もそこまで行ったそうだが、さすがに酷だとのことで江戸時代だかに現在地に移されたのだという。それでもここも結構な高地;駐車場からでも金毘羅帰りの足にはキますww
前日にテレビで放送されていたが、大師誕生記念で今まで非公開の仏像が特別公開中!これまた幸いと拝観。奥の院に祀られていたという釈迦如来像。年代不明だが全身キラキラ金色、大師を抱きかかえた伝説に相応しい柔和なお顔。
88ヶ所は香園寺など一部を除いて、お堂の内拝不能がほとんどですが、ここは特別拝観の一環で本堂も内拝。ありがたや。
山を下って72番、曼荼羅寺。出釈迦寺の麓。88ヶ所で一番古い寺なんだとか。かの西行法師もこの寺に何年か居候していたそうで、西行の昼寝石なんてあるww
そこから74番、甲山寺。凸っとある山の麓をグルっと回って到着。洞窟にある毘沙門天はお大師さん作らしい。
で、ウサギの石像と括りつけられた沢山のリボン・・?
ここはお薬師さんなので日光月光が脇侍。月天子の使いと言えば・・そう、ウサギさん、という繋がりらしい。ウサギといえば、因幡の白兎の物語でおなじみ「縁結びの使い」ともされますから、リボン結んで縁結びの願い、なのでしょうね。
さて次は71番、弥谷寺。待てよ、山の上っぽいぞ⁈・・と検索すると、五百数十段の石段って;金毘羅帰りじゃ絶対無理だ、と断念して検索してると「海岸寺」。
88ケ所じゃないけど、もう一つのお大師さん誕生地との伝説がある寺だよな?と、ちょっと遠回りなるけど車を走らせる。
歴史の古さを感じさせるお堂。隣は宿坊みたいな建物もあるけど大きいお寺なのかな?と検索すると、何と寺裏は砂浜まで繋がり、道路を挟んだ向こうの塔のある広大な林地もこの寺、そこで大師が生まれたと伝えるらしい。故如何?と検索すると、なんとここは大師の母、阿刀氏の邸宅地なのだという!
時間がないので本坊だけお参りして戻ったが、後で検索すると「もう一つの伝説」と笑えないのでは?な事実が・・大師誕生法会に出仕させてもらって、図らずももう一つの誕生伝承地もお参りさせてもらうとは、偶然か必然か?
引き続いて76番、金倉寺。立派な堂宇が立ち並んでいる・・そりゃそうだ、天台寺門宗の別格本山ですものね。天台寺門宗の祖・円珍さん(弘法大師の甥)が生まれた地であるそうだ。よって88ケ所でも珍しく大師堂の本尊は円珍さん、お大師さんは脇仏。本堂の鰐口にあたる物が大数珠で、引っ張るとカタカタカタ・・と数珠玉が落ちてくる軽快な音が静かな境内に心地よい。
あと一ケ寺行けるか!と77番、道隆寺。本尊さんは伝お大師さん作。ここは何が凄いって、初期住職が密教を知る人なら「おぉ~」と唸ってしまう顔ぶれ。
初代は寺の由緒となった領主、2代目はその息子がお大師さんから戒を受けて、3代目はお大師さんの弟の貞観寺僧正、4代目は先の智証大師円珍さん、5代目は大師の孫弟子で修験道中興の祖の聖宝尊師・・いやはや。目の神様もあるようだが、タイムオーバー間近でここまで。
飯も食わずに廻ってレンタカー6時間期限、ギリギリ返却(^^; 書き出してみると、半日でよくもまあ、これほど廻ったものだ、と我ながら(;'∀')
しかしまだ半分。そこから電車に乗り、高松へ・・お目当ては「香川県立ミュージアム/史上最強空海・特別展」。
駅から歩くこと700m、高松城遺構の一部にミュージアム。
特別展は・・凄い!(画像はパンプから)
伝説の三十帖冊子(お大師さんの入唐メモ、この所持を廻って高野山/京都/天皇を巻き込んだ大騒動が起きた/国宝)、初めて見た!おまけに、お大師さん直筆の施餓鬼儀軌のページが開かれていて(◎o◎;) 普段行じている根本を目の当たりにして、目が潤んできました。
そして、唐の書生の記と見られる華厳経、米粒ほどの極小感じがまるでプリンタ印刷のように美麗整然に書かれていて圧巻!どんな筆にどんな腕ならあんな文字を書けるのか、ホント不思議の域。
金剛般若経開題(国宝)、これは下書きか?と見られているらしいが、大師の書は本当に芸術。飾っておきたいと思わせるわ。※開題とはお経のタイトル(題目)に深意を読み解く論のこと。題目にも功徳が込められていると言い出したのは弘法大師その人で、後世のはその受け売りです。
龍智像(真言二祖/国宝)、大師の独特な揮毫もさながら、近くで見ると絵が本当に繊細!
板彫り曼荼羅(重文)、こんな小さな白檀の板に緻密に彫り込まれた曼荼羅・・レーザーも無い時代に、しかも印佛に用いる為にここまで作り込むとは・・古人の祈りの深さったら(◎_◎;)
善女竜王像(県文化財)、なんだか生生しい感じ、命が宿っていそうな雰囲気・・
愛染明王の図像、体の色遣いが絶妙なせいか、なんだか生きているように見えて衝撃(◎_◎;)
金毘羅宮出土の古式三鈷杵、ホントに武器だわww
他、寺外初公開という伝お大師さん作の観音像(デカい!)や、高野山教学に欠かせぬ道範さんの南海流浪記の実物とか、高野山霊宝館でも観た国宝など多々、大満足の特別展でした。そりゃ、大盛況なワケだよね。
ブースを出ると、こんな展示が。
コレは、展示されてる一字一佛法華経序(大師仮託作/国宝)を、香川県内21高校の書道部が再現したものだそう。一文字ごとに仏の姿が書かれているのですが、苦闘の跡が見えて微笑ましいww この中からも郷土の生んだ巨人の後を受け継ぐ逸材が登場してほしいネ。
そんなこんなで、香川を一日強行で廻りました。霊場寺社を回りましたが実はこれ、私一人の楽しみ功徳ではなく、当山に参拝される皆様にも、とある形で加持の一端となっていますよ・・分かるかな、気づかないかな(^^
※高松駅前
そして高松駅でうどんを食べ、JR特急かバスか迷い、高速バスに乗ったはいいが、デカすぎ淡路島で疲労困憊に追い打ちをかける羽目に・・;でもまた行くぜ、香川!
※道中の余計な記憶は、長くなるのでメモ記録かたがた別記