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2023-06-30 20:40:00

飯の食い方でバレる⁉

ご飯食べた後、なんて言いますか?

 

・・「ごちそうさま」

 

当然だと思っていましたが、ネット上ではそのコトでちょっとザワツキがあったようです。

 

問題はツイッター(9年前に投稿されたものが何故今?ですが)で、【牛丼屋で、所得の低そうな人ほど、食べ終わった後に店員にごちそうさまを言う】という趣旨。

 

これに様々な意見の応酬があったようですが、2ちゃんねる創業者のひろゆき氏が「収入億超えてるけど低所得なのかな?」と次いでXjapanのyoshiki氏が「ごちそうさまって言います・・収入億あるけど」と反応して、趨勢は決したようなもの。

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これは「所得」の問題ではなく、「育ち」の問題(笑

 近年のyoshikiは上品になり過ぎて・・30年以上ファンやってる身としては;いや天皇即位曲作ったりしてるし、ヘビメタの中の上品さがウリだし、呉服屋の息子だからいただきます言うのもyoshikiっぽいが、昔の過激さは~やれる歳でもないか~

 

そもそも「いただきます/ごちそうさま」ってどういう意味か、ご存じですか?

 

いただきますは「命を頂きます」なんです。

 

私らが食べているものは全て「他の生命」です。動物は言うに及ばず、植物だって生き物でしょう。他の命を喰らわねば生きられないのが、私たちの宿命。化学合成で出来た食材などもありますが、そればかり食っていたら健康など保てやしないのは自明。他の命を食らうことで、我々は生かされている

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いただきます」とは、その事へのねぎらいと思いを呼び起こす言葉。

 

では「ごちそうさま」とは

 

ごちそうは「御馳走」。日本史をされている人ならお気づきですね。馳走とは「供応の為に走り回る事」、料理をするためにあちこちを走り回って手間をかけること

 

おにぎり一つとってもそれが食卓に出て来るまでには、配膳する人がいて、握る人がいて、ご飯を炊く人、食材を加工する人、運搬する人、調達する人、売る人、生産する人、生産者の材料や機材を作る人売る人etc・・と、どこまでも際限ない人の手がかかっている。今それを口にすることが出来るのは、天地の恵みと数多の人々の手を経てこそのコト

 ※密教で言う四恩の衆生恩とか三力の法界力もコレに準じると分かりやすいかな。

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食べ物が貴方の口に入るのは「自然なこと」じゃないのです。限りない手間をかけて、最終的にはお母さんお父さん/飲食店員の手で貴方の為に誂えられたもの。その事への感謝が「ごちそうさま」の一言。

 

食材とその提供への手間に感謝を込めるのが、いただきます/ごちそうさま。

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そして、このように食事に感謝とを込めるのは、人の人たる道でもあると思うのです。

 

と言いますのは、食事にかくも敬意を想うのは「動物の中で人間だけ」ですから。食を【エサ】としか認識できない他のアニマルとホモサピエンスの決定的な差の一点は、ここにある気がします。

 

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つまり「いただきます/ごちそうさま」は、人間としての「育ちと品格」が表れる言葉

 

ちなみに仏教では、いただきますに相当する、食事の前に唱える文があります。五観偈として有名なのでご存じの人もおられるでしょうけれど、軽く紹介しますね。※宗派によって若干異なりあり

 

1 功の多少を計り 彼の来所を量れ

2 己が徳行の全か欠か 多か減かを忖れ

3 心を防ぎ過を表すは 三毒に過ぎず

4 正しく良薬を事とし 形苦を救わんことを取れ

5 道業を成ぜんが為なり 世法は意に非ず

 

堅苦しい文章なので、分かりやすく私訳しますと、

 

1 この食事にどれだけの命や手間がかかってるかを想え

2 この食事を頂くだけの価値が自分にあるか考えよ

3 少ないのマズいの無作法と煩悩をたぎらすな

4 身体を保つために頂くという分際を忘れるな

5 目指す所に励む為に食うのだ、世間体とかダラダラ生きる為じゃない

 

 

思いますに「いただきます/ごちそうさま」の言葉には、この五観が濃縮されていますね。これほどの感謝と自戒がこもっている、と思えば、いただきます/ごちそうさまの一言は、人として如何に重みをもつ言葉か、と思います・・

 

以前に「給食費を払っているのにいただきますなど言わせるとは何事だ!」と怒鳴り込んだアホ親のニュースがありましたが、今や、公共の場で食材を穢してネットにアップするバカ共がワンサ;食事に対する感謝と敬意が躾されていたら、こんな真似はやらないはず。食を蔑ろにしたサルみたいな躾のツケは検挙と巨額の賠償金。しっかり懲りるがいい。食の持つ重みを侮った報いだ。 internet_enjou_sns_man.png

 

習慣は言って聞かせたからと、身に付くものではありません。見るように慣れるのです。そして慣れるように慣れる。親たちが率先していつもやっていれば、それが当たり前になります。五観偈は行中でもなければ普段は唱えてませんけど、思い出すとスラスラ出てきて我ながらビックリ。身に付くとはそういう事でしょうね。

 

子供たちが外に出て、そういう挨拶が自然に出来ているかどうか、で、見られるのはその親の質です。そしてその子の品格です。

 

先ず隗より始めよ、ご自身は出来ているか、そしてお子さんお孫さんに見せているか、意識されてみてください。

 

挨拶なんて減るもんじゃない。食事の言葉、感謝の言葉、ねぎらいの言葉、日常に発していれば食べるものからも関わる環境からも、更なる恩恵が受けられるに違いありません。それこそ貴方に加えられる法界力です。
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 ※6/28の法話を整理したもの。先にこう文章に整理してから話せって毎度;